町内安全を願い、公家行列に扮して練り歩き
2010年5月17日、山梨県の富士河口湖町本栖湖周辺で本栖公家行列が行われた。本栖公家行列は、公家や侍などの衣装を付けた行列が区内を練り歩く祭り。
山神社での神事の後、それぞれの役に扮した氏子など20数名が列となり、奴(やっこ)役の若者が独特の掛け声を発して毛槍で舞いながら国道へと進んだ。
本栖公家行列は、渡辺囚獄佑が地域の若者の士気を喚起するために約300年前に始めたといわれている祭り。
渡辺囚獄佑は、武田の旧家臣で、武田氏滅亡後に徳川から差し向けられ本栖城を守ったとされている。本栖城は、本栖湖北東、駿河と甲斐を結ぶ街道(中道往還)沿いに位置し、国境の城として経済・軍事的に重要視されていた。この城は戦国末期まで機能していたようで、烽火台跡などの石垣が今も残っている。
歴史を踏まえながら改めて公家行列の祭りを見るとより奥深い。本栖公家行列は、屋台が所狭しと立ち並んで見物人であふれる祭りとは異なり、地元の本栖の人たちの間で静かに守られてきた伝統ある祭りという印象だった。
(写真撮影:2010年5月17日)
本栖公家行列は、渡辺囚獄佑が地域の若者の士気を喚起するために約300年前に始めたといわれている祭り。
渡辺囚獄佑は、武田の旧家臣で、武田氏滅亡後に徳川から差し向けられ本栖城を守ったとされている。本栖城は、本栖湖北東、駿河と甲斐を結ぶ街道(中道往還)沿いに位置し、国境の城として経済・軍事的に重要視されていた。この城は戦国末期まで機能していたようで、烽火台跡などの石垣が今も残っている。
歴史を踏まえながら改めて公家行列の祭りを見るとより奥深い。本栖公家行列は、屋台が所狭しと立ち並んで見物人であふれる祭りとは異なり、地元の本栖の人たちの間で静かに守られてきた伝統ある祭りという印象だった。
(写真撮影:2010年5月17日)
















